2008.07.03 (Thu)
私の昔話でもちょっと書いてみる。
コレだけはどうしても書いておきたいと思ったので
この機会に記事にしてみる事にしました。
但しかなり重く長い文章となっておりますが(汗。
FC2プロフの質問の答えにも書いてある通り
私は過去に痙攣を起こし意識不明に陥った事がある。
あれは確か私が小学校5年生くらいの頃だったか・・・
当時の状況は今となってはハッキリと覚えておらず、
また詳しい原因というのも良く分からなかったのだが、
どういう訳か急に眩暈が生じたのを感じたその直後から
1週間後に意識を取り戻すまでの記憶が全く存在しない。
当事者からの話ではその時の私は既に呼吸停止に陥っており、
同時に体温も徐々に低下し唇が青紫色に変色していたり
という様な状態が少なくとも5分程度続いていたものの、
不意に何かの拍子で気道の詰まりが解消したらしくその後は
呼吸も戻り血色も良くなったが依然として意識は戻らず。
そして1週間経ったある日・・・
私が気付いた時には病院の白いベッドの上に寝ており
点滴を受けている状態で一体何が起こったのか分からず、
まるで瞬間移動したかの様な錯覚を起こしていたものの、
改めて話を聞くうちにようやくその状況を理解する事が出来た。
ちなみに5分と言えば人間の脳が無酸素状態にてその機能を
維持出来る限界点(但し環境により変動)とされている事から、
それらを考えると本当に時限ギリギリだったようである。
(医師の方曰く、もう少し遅れていたら命の保証が無かったらしい)
こうして無事に意識を取り戻した私ではあったのだが、
やはり呼吸停止による脳の酸素欠乏が影響したせいなのか
脳波検査してみたところ一部波形の異常な乱れが生じており
MRI検査に於いても軽度の脳萎縮が認められたようで、
その事をきっかけに数年間の治療を余儀なくされてしまった。
まぁ体内に取り込まれた酸素のうち4分の1(25%)が
脳によって消費されているという事を考えれば
自ずと理解出来る結果ではあったのだが・・・。
その当時私が受けたのは薬物治療というもので抗てんかん薬の
ハイセレニン(製剤名:バルプロ酸ナトリウム)を1日3回必ず
毎食後に服用してたもののコレが結構苦くて嫌々飲んでいた訳で、
その時は頭がボーッっとしたり歩いてる時にフラついてしまったり
という薬には付き物の副作用などに悩まされながらも
毎回通院する際に採血その他検査を行い経過を見ながら
徐々に投薬量を減らしていき実に4年という歳月を経て
ようやく症状も改善し今この世界に存在している。
但し精密検査上では正常が確認されただけであって
再発の可能性が全く無くなった訳でもないのだが
今現在においてその様な兆候は出てはいないと思う。
こうして昔を振り返って今を生きている・・・いや、
正確には生かされているという状況について考えると
まだ何かやり残してる事でもあるのではないか?
と思えて来る辺りが実に不思議なところではある。
しかし私に与えられた使命とは一体何なのか?
その答えというのは未だに見付かっていない。
ひょっとしたら私自身が気付いていないだけで実は
その使命を果たす方向へと進んでいるのかも知れないが、
何れにせよもう少し自分自身と素直に向き合いながら
今後の自分について改めて問い質すべきなのだろうと思う。
それで答えが見付かるかどうかはともかく、
答えを探し出している過程に意味があるのなら
宝探しだと思って探し続けてみるのも悪くない。
ふと今回そんな事を考えてしまった次第なのである。
この機会に記事にしてみる事にしました。
但しかなり重く長い文章となっておりますが(汗。
私は過去に痙攣を起こし意識不明に陥った事がある。
あれは確か私が小学校5年生くらいの頃だったか・・・
当時の状況は今となってはハッキリと覚えておらず、
また詳しい原因というのも良く分からなかったのだが、
どういう訳か急に眩暈が生じたのを感じたその直後から
1週間後に意識を取り戻すまでの記憶が全く存在しない。
当事者からの話ではその時の私は既に呼吸停止に陥っており、
同時に体温も徐々に低下し唇が青紫色に変色していたり
という様な状態が少なくとも5分程度続いていたものの、
不意に何かの拍子で気道の詰まりが解消したらしくその後は
呼吸も戻り血色も良くなったが依然として意識は戻らず。
そして1週間経ったある日・・・
私が気付いた時には病院の白いベッドの上に寝ており
点滴を受けている状態で一体何が起こったのか分からず、
まるで瞬間移動したかの様な錯覚を起こしていたものの、
改めて話を聞くうちにようやくその状況を理解する事が出来た。
ちなみに5分と言えば人間の脳が無酸素状態にてその機能を
維持出来る限界点(但し環境により変動)とされている事から、
それらを考えると本当に時限ギリギリだったようである。
(医師の方曰く、もう少し遅れていたら命の保証が無かったらしい)
こうして無事に意識を取り戻した私ではあったのだが、
やはり呼吸停止による脳の酸素欠乏が影響したせいなのか
脳波検査してみたところ一部波形の異常な乱れが生じており
MRI検査に於いても軽度の脳萎縮が認められたようで、
その事をきっかけに数年間の治療を余儀なくされてしまった。
まぁ体内に取り込まれた酸素のうち4分の1(25%)が
脳によって消費されているという事を考えれば
自ずと理解出来る結果ではあったのだが・・・。
その当時私が受けたのは薬物治療というもので抗てんかん薬の
ハイセレニン(製剤名:バルプロ酸ナトリウム)を1日3回必ず
毎食後に服用してたもののコレが結構苦くて嫌々飲んでいた訳で、
その時は頭がボーッっとしたり歩いてる時にフラついてしまったり
という薬には付き物の副作用などに悩まされながらも
毎回通院する際に採血その他検査を行い経過を見ながら
徐々に投薬量を減らしていき実に4年という歳月を経て
ようやく症状も改善し今この世界に存在している。
但し精密検査上では正常が確認されただけであって
再発の可能性が全く無くなった訳でもないのだが
今現在においてその様な兆候は出てはいないと思う。
こうして昔を振り返って今を生きている・・・いや、
正確には生かされているという状況について考えると
まだ何かやり残してる事でもあるのではないか?
と思えて来る辺りが実に不思議なところではある。
しかし私に与えられた使命とは一体何なのか?
その答えというのは未だに見付かっていない。
ひょっとしたら私自身が気付いていないだけで実は
その使命を果たす方向へと進んでいるのかも知れないが、
何れにせよもう少し自分自身と素直に向き合いながら
今後の自分について改めて問い質すべきなのだろうと思う。
それで答えが見付かるかどうかはともかく、
答えを探し出している過程に意味があるのなら
宝探しだと思って探し続けてみるのも悪くない。
ふと今回そんな事を考えてしまった次第なのである。
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